科学の進歩は時代の流れを遅らせない
それは土台となって積み重なり
1が2に、2が4に掛け算されていく
すると、時代で求められるニーズは忙しなくやってきて足早に去っていくものだ
本質的な人間の部分は変わらない
一般的な価値観でいう部分を小さな点として捉える必要がある。濁流のような昨今では、その本質すら欠けて飲み込まれてしまうだろう。
その代表的な例が、男性と女性の生き方に現れている。ついこの間まで、原始的と言っても過言ではなかった。そのような役割分担があった。今では違う。この例ひとつ取っても、あらゆる方面へ影響が現れる。
インターネットの影響については、幾度も語ってきたので省略する。インターネットとはつまり、情報だ。情報の取り扱いが変わったことで、影響を受けたのは何だ。それは、広告のようなマーケティングである。
もはや、多くの人に購入を促す馬鹿でかい広告は必要ない。目がチカチカする配色も必要ない。むしろ逆効果である。
ダイヤの指輪を買いたい人はどうするか
購入までに、口コミや評判をこれでもかと調べる。容易に正しい選択へ導くことができる。そこに必要なのは信用や質であって、注目を浴びることではない。
いや待てよ。なら高い広告費を払う意味が無いということか。
そうではない。
値段の大小は置いておき、無意識化へ効かす広告、基本のような部分は当分薄れることはない。人間は上から下へ読むし、左から右へ読む。
ではどうすればいいのか。
それは、人々の興味に応えてあげるだけだ。
ポイントは、人々の興味こそ、時代のニーズこそ、今後スピードを増して移り変わることを理解しているかどうかだ。
ざっくりとした心理的なテクニックを使うマーケティングは必要ない。基本的なテクニックは、当たり前としてそのジャンルに入れないで欲しい。そして、頭の固い指示待ち人間は、良き教育を行える指導者になってほしい。
今後より、人々のこころが重要視されるだろう。そしてそのこころは、非常に単純明快だ。