今ふとテレビを見ていて
結婚ってなんだろうと思う場面がありました
それを考えましょう。
普段は、紙の上で物事を考えますが
まぁせっかくなのでブログ上で考え始めたいと思います。
それに当たって
わたしの基本的な考えとしては
人間は生物である
という視点と
価値観はそれぞれであるから、人間は生物を超越した存在である。との意見を否定しているわけでは無い
という勘違いを
せぬよう
以下読み進めていただきたい
結婚ってなんだろう。
先程述べた
人間は生物である
ここから考えるのであれば
男女関係というのは
子孫繁栄に必要な関係です
つまりこれは、自然。
そこに愛が生まれ
欲望を持ち
痛みを伴う。
これらもいわば、自然。
最近わたしの中で葛藤があるのは
思考
です。
その生物であるという枠組み
もちろんその枠組みの中だけで
話を進めればいい
けれども、思考というのは
どこまでもいける
これによって
人間は、生物を超越してきた。
この可能性も持つべきであり
しかしそれによって
本質を逃してはいけない
けれど、ほんのちょっと
結婚について
考えたい
(今思考中)
そもそも現代において
結婚はしなければいけないことでは無い
というのも、
自由な生き方
自由な考え方
がネットで発信できる
そして
「勉強する意味なんて無い」
と言い切れる人がいる
その先を読むとどうでしょうか
もし極端に
結婚しなくなる
いや、先進国では結婚しなくなり
発展途上国では子どもが生まれる
ん?
やがて子どもは生まなくなる
そもそも
子どもというのは
遺伝を伝える
分身?
ましてや、生活を考えると
労働力…
とにもかくにも
その子どもを生まない
自由というのは
目先の話をしているだけで
もうすこし先の目線で考えると
その問題は浮き彫りになる
現在少子化が問題になっているが
その問題は、少子化を受け、子作りに励もうと思う人の少なさ、またこの問題が差し迫ることが読めていなかったこと。
しかし、現状は、科学によっての解決が考えられてる
個人
が進むにつれて
分裂
が進む
結婚ってなんだろう
もちろんパートナーとしての
意義は大きい。
一人よりも二人の方が。
今考えたいのは
人間が生物を超越した
このような言い方だと誤解を生むかもしれないが
思考できてしまうのだから
仕方がないとして
ではその思考を使って
結婚を生物的な視点から考えると
何になるのか何なのか
んー
幸せ
幸福感
2倍
けど結婚しなくても幸せな人がいて
けどそれは数値では表せなくて
個人を破壊
自分を壊せない人は
独りだ
自分を壊さずに
幸福な人は
無意識に幸せを人に与えることができる
結婚
生きがいか!
結婚する
愛する人ができる
子どももできる
それは証
生きた証
辛くても
いや、将来的に
死ぬ間際目の前に子どもや
嫁
ましてや人との繋がりがあれば
それは形として表現されている
実体である。
結婚というのは
生きがいなのか
結婚したら
自由が無くなる
という人もいるが
不自由を選ぶことで
高い幸福感=生きた証を視覚的に捉える
ことができる
これは個人的な考え。
個人の自由。
いやしかし
何かピンときたので
トイレからの中継を終わります。
スタジオに返しま〜〜す☆